映画『金子文子と朴烈』を観た

トークショーで知った衝撃の事実

上演後に急遽、キム・インウ(水野 錬太郎役)と横内 祐樹(藤下役)による舞台挨拶が設けられた。俳優陣の日本語に監督が特に力を入れたという苦労話を聞きながら、鳩が豆鉄砲を食らったように目をしばかせた。そして途方も無い衝撃が押し寄せ、激しく混乱した。

まず、この映画が韓国映画だと初めて知った。予備知識なく映画を観たので、韓国人俳優と日本人女優がW主演した日韓合作と勘違いしていた。

それはまだいい。

半端ない衝撃と混乱に襲われたのは、金子文子役が日本人女優では無かったからだ。韓国人女優が演じていたと知った後も、にわかには信じられなかった。

それ程までにチェ・ヒソは金子文子だった。疑う隙を与えない完璧な日本語と、母国語にもかかわらず日本語訛りで染めた朝鮮語での会話は神々しいものがあった。さらに映画の冒頭、「犬ころ」の詩を朗読する朝鮮語訛りの日本語を含めれば、実に三種類もの発音をチェ・ヒソは駆使していたことになる。

言葉だけではない。表情豊かな凛として艶やかな立ち振る舞いに、終始魅了されっぱなしだった。その表情の豊かさと艶やかさは、『万引き家族』で観た安藤サクラを彷彿させるものがあった。そして強い意思を持った魅惑的な笑顔に、どこかCoccoの笑顔を重ねて見ていた。

その一方で、不遇な少女時代を過ごした過去を背負い、天皇制に牙を剥く一人のアナキストをも見事なまでに演じきっていた。文子の揺るぎない信念は、朴烈が振り回した刃物のようにも映った。

「静かにしろぉぉ!!」

映画『金子文子と朴烈(パクヨル)』予告編より

裁判での発言中に後ろで騒ぎ立てる連中を、振り向きざまに一喝する姿は圧巻だった。そして静かに正面を向き直し、眼鏡を整える姿に心臓を鷲掴みにされた。

この気持ちを分かってくれる同志は日韓問わず少なくないはずだ。

そしてその圧倒的な怒気は、どことなく二階堂ふみを思い出させた。

荒唐無稽な理想主義者

映画『金子文子と朴烈(パクヨル)』予告編より

朴烈を演じたイ・ジェフンもまた素晴らしかった。たとえ「荒唐無稽な理想主義者」と嘲笑われようが、己が信じる理想を追い求めた。朝鮮人虐殺を世界へ訴えるために自分の命を差し出すことも厭わない、若きアナキストを見事に演じきっていた。彼もまた色気を醸し出すとても魅力的な俳優で、どことなく香川照之を彷彿させるものがあった。

作品としての感想

作品としても見事だった。重い題材にもかかわらず、決して悲壮感だけに包まれてはいない。随所に笑いも散りばめた物語の展開に、飽きを感じる隙間が全く無かった。

何よりも人物描写が良かった。二人の周りを固める登場人物の細やかな描写が、さらに作品へ感情移入させた。

映像も良かった。深い色合いを基調とした映像が気に入った。文子が愛の誓いを語る場面、朴烈の背中を映したカメラワークには痺れた。

音楽も良かった。

邦題も良かった。いつもは原題を改悪する邦題にはウンザリだが、この邦題は相応しかった。

歴史として観た感想

布施辰治弁護士の存在に驚いた。あの時代にも正義を貫くために戦った弁護士が日本にいたことを知って救われた。

また、あの時代に獄中記が書けるのも驚いた。もっとがんじがらめな社会像を抱いていた。それはもっと時代が下って、より軍国主義に堕ちてからなのかもしれない。そして何より拘束されてるにもかかわらず、あのような「怪写真」が撮影されたことに驚いた。

トークショーで

看守の藤下を演じた横内祐樹が北海道出身で、同郷だったことに驚いた。藤下が文子に誤字を修正した原稿を渡す場面もまた、この映画の大きな見どころの一つだった。

水野錬太郎を演じたキム・インウのエピソードに、笑いながらも納得した。韓国へ行った際におばさんから胸ぐら掴まれたと語っていたが、あの憎々しい姿を徹頭徹尾演じられてはそれも無理はないと頷いた。

私は朴を知って居る。朴を愛して居る。彼に於ける凡ての過失と凡ての欠点とを越えて、私は朴を愛する。そしてお役人に対しては云おう。どうか二人を一緒にギロチンに放り投げてくれ。朴と共に死ねるなら、私は満足しよう。して朴には云おう。よしんばお役人の宣告が二人を引き分けても私は決してあなたを一人死なせては置かないつもりです――と。

パンフレットより

そして一筋の涙をこぼした文子と、少し目に涙を浮かべた朴烈が見つめ合う。
この時の二人の笑顔が忘れられない。

これほどまでに情熱的な愛の誓いを聞いたことがない。最高にイカした男と女のラブ・ストーリーだった。

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